自営業者録
むかし、むかし、あるところに成功を夢見る一人の若者がおった。
自分の可能性を信じた若者の名前はシンジの助。 人が驚く偉業を成し遂げていつか有名になってやると毎日チャンスを探し求めていた。
その噂を聞きつけた一人の商人がシンジの助に会いにやってきた。
商人:「有名になりたいのですね?」
シンジの助:「ああ。なりたい!」
商人:「そうですか。 よかった。 私はあなたのお手伝いが出来そうですよ」 と一つの虎の巻を取り出し説明をはじめた。
商人:「この虎の巻は私の家に代々つたわるものです。 ここに書いてある通りにすることができれば、あなたは一躍有名人になる事が出来るでしょう。」
少し怪しいと思いながらも、自分の夢を叶えることが出来るというその虎の巻が気になるシンジの助は商人に聞いてみた
その中身を教えてもらうことは出来ますか?
商人:「詳しい内容をおしえる事は出来ませんが、もしここに書いてある通りにすればあなたは忍者のようにどんな壁でも飛び越えることが出来るようになりますよ。」
シンジの助:「忍者のように? それは本当ですか?」
商人:「ええ。本当です。 壁どころではありません。 訓練しだいでは屋根の上にだってひとっ飛び出来るようになると聞いています。 そうなればあなたは一躍有名人になれるでしょう」
商人:「どうしますか? この虎の巻は今ここに一つしか残っておりません。 もし、必要でないなら他の人をあたりますが。」
もし、この話が本当ならばすごい。 自分次第で屋根の上にだってひとっ飛び。 そうなれば確かに一躍有名人。 この機会を他の誰かにゆずるのはもったいないな。
シンジの助:「ぜひ私にゆずってください。」
商人:「そうですか。 わかりました。 せっかくお会いできたのも何かの縁。 あなたにお譲りいたします。 お代は五両で結構です。」
五両くらいなら何とかなる。 シンジの助はその月の稼ぎの半分である五両を差し出し、虎の巻を受け取った。
急いで家に帰り早速、虎の巻を開いてみた。
そこにはこのような事が書かれていた。
まず、庭先に苗木を植える。 最初の一日目。 その苗木を飛び越える。 次の朝もまた苗木を飛び越える。 毎日かかさず飛び越えるだけで、やがては高い壁も飛び越えられるようになる。
やられた。。
確かに理屈ではその通りではあるが、現実ではとても叶いそうにない。
怒ったシンジの助はとっちめてやろうと思い商人を探し出した。
シンジの助:「あんなもの時間もかかるし、そもそも出来るかどうかわからないじゃないか!」
商人:「もうしわけございませんでした。 先ほどの商品は少々時間がかかるものでした。 私の言葉足らずでした。 本当に申し訳ございませんでした。」
シンジの助:「まあ、そこまで言われたら。 嘘というわけでもないし。。」
商人:「いえいえ。 嘘ではありませんが、気分を悪くさせてしまったことは間違いありません。 どうかお詫びをさせて下さい。」
「実は、私の家には他にも巻物がございます。 そちらの巻物に書かれている通りに行えば、あなたの夢を叶えることが出来るでしょう。」
「前回のものは時間と続けることが必要でした。 ですがこの巻物に書かれている内容は長い日時がかかるものではございません。 前回の商品に不満を抱えているシンジの助様にこそピッタリな巻物だと思います。」
「ただ前回の巻物よりも短期間で成功出来る為、2倍の料金がかかってしまいます。」
「しかし、もしこちらの新しい巻物に興味を示していただきましたら、前回のお代は全てお返しして、こちらをお譲りいたします。 追加で五両いただけましたら前回のものはタダ、さらに前回の不満が解消されたこちらの巻物を手に入れていただくことが出来ます。」
シンジの助:「そこまで言うのならわかった。 今回のものとは違い時間がかからないのはよさそうだ」 「ならば今一度買ってみよう。」
早速、家に帰り巻物を広げた
まず、右の足の裏を壁につける。 そして、その右足の裏が離れる前に左の足の裏を壁に付ける。
右の足の裏、次に左の足の裏と順々に素早く、時間をかけずに進むことでどんな高い壁でも登りきることが出来る。 より早く時間をかけずに足を動かせるなら天井にすら達することが出来るだろう。
こ、これは。 やられた。
くそー あの商人め!また、やりやがったなー 今度こそとっちめてやる!
シンジの助:「あんなこと誰が出来るんだよ!」
商人:「大変もうしわけございませんでした。 先ほどの商品は少し人を選ぶ巻物でした。 しかし、あなたならば使いこなせると思いお譲りしてしまいました。 私の言葉足らずでした。 本当に本当に申し訳ございませんでした。」
シンジの助:「まあ、そこまで言われたら。 嘘というわけでもないし。。」
商人:「いえいえ。 全てこちらの不手際です。 完全にこちらが悪かったと思います。 どうか、お詫びをさせて下さい。」
「実は、私の家にはさらにもう一つの巻物がございます。 そちらの巻物に書かれている通りに行えば、今度こそあなたの夢を叶えることが出来るでしょう。」
「前回のもの、前前回のものとは違いこの巻物に書かれている内容は長い日時もかからず、そして誰にでも行うことが可能なものです。」
「本来は二十両するものですが、度々のご迷惑料をも兼ねて、今までと同じ、お値段据え置きの五両でお譲りいたします。 今までの内容に満足できなかった方の為だけに用意した特別な巻物でございます。」
シンジの助:「本当に時間もかからず誰にでも試すことが出来るものだな!」
商人:「うそ偽りもない、これが最後の巻物でございます。」
シンジの助:「そこまで言うのならわかった。 これが最後だ。 誰にでも出来て時間がかからないのならいいだろう」 「買ってみよう。」
早速、家に帰り最後の巻物を広げた
まず、1.5メートルの腰ひもを用意します。 それを腰に巻きつけてひもが地面に着かないように走ります。 それが出来たら今度はひもの長さを少し長くして腰に巻きつけます。 それが地面に着かないように走ります。 それが出来たら。。。。。
やっぱりか。
それ以降、村で商人を見かけることはなかったとシンジの助の日記には記されています。
しかし、その日記には続きがあり、これまで騙された経験をまとめ一つの読み物を作り上げたそうです。
人を楽しませる読み物があまりない時代だったので、その馬鹿げた物語はたいそう売れたらしいです。
シンジの助はそのお金を元に自分で商売をはじめ、そこそこ有名になり、そこそこ豊かに暮らしたと先祖の日記「自分商売録 シンジの助」には記されていました。
ころんでもタダでは起きない。 これこそまさに自営業者の鏡だなとふと思いだしました。
今日も一日お疲れ様でした。